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鹽竈海道について 
江戸時代中期の塩竈
鹽竈松島図屏風 福岡市美術館蔵(黒田資料)
この道は、かつて入江(千尋淵)でしたが、奈良時代以降、町の発展と共に東側へ埋め立てられました。
その記憶を「道そのものが博物館」として表現し、新たな魅力ある門前町「鹽竈海道」を創造していきます。

東北の都市で最も長い歴史を持つ塩竈は、縄文時代から原鹽竈神社のもと製塩の地として栄え、大化の改新以降は大和朝廷の東北侵略の足がかりとなり、奈良・平安時代には国府多賀城の港として「香(国府)津千軒」と呼ばれる商業政治集落が形成されました。そして遥か平安京の都人には”歌枕の地”として広く知れ渡り、紫式部などの著名な人物により数多く歌が詠まれました。特に愛でたのが光源氏のモデルともいわれ、朝廷貴族の栄華を極めた河原左大臣源融(とおる)で彼の屋敷に「塩竈の景」を模した庭園を造らせた程です。その後、門前町として各時代の支配者の保護を受け、鎌倉・室町時代には、当地方最大の都市として、江戸時代には伊達藩で唯一遊興が認められた町として大変にぎわいました。また、俳諧紀行「奥の細道」で知られる松尾芭蕉も、裏坂の治平衛宿に宿泊し鹽竈神社を参拝し船で籬島などをみて松島へ向かったそうです。

塩竈鳥瞰写真
 
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